東京地方裁判所 昭和22年(エ)28号 判決 1949年3月23日
原告
栗田寅千代
被告
法務総裁
主文
原告の請求は之を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
請求の趣旨
原告は「被告は昭和二十二年六月三日原告の弁護士名簿登録請求進逹拒否に対する不明申立を理由なしとせる処分を取消して、東京弁護士会に対し原告の弁護士名簿登録請求の進逹を爲すべき旨の命令をなすべし。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求める。
事実
(一) 原告は大正十一年九月二十九日弁護士試驗に合格し、同年十一月東京地方裁判所檢事局所属弁護士名簿に登録を請求して東京弁護士会に入会し弁護士事務を開業中、昭和三年六月会費滞納の故を以て同弁護士会から除名処分に付せられた。其の後昭和四年四月原告は東京区裁判所に於て業務上横領罪により「懲役一年に処す。但三年間刑の執行を猶予す」るとの判決言渡を受け、続いて職権に依て弁護士名簿登録の取消処分を受けた。越えて昭和七年五月再び東京地方裁判所檢事局所属の弁護士名簿に登録を請求したが、後横浜地方裁判所檢事局所属の弁護士名簿に登録換を請求して横浜弁護士会に入会し弁護士事務を開業中、昭和十一年七月中旬原告が刑事々件の被疑者として大森警察署に留置せられ、それと前後して同弁護士会は僅かに数ケ月の会費滞納を理由として原告を除名処分に対した。
次いで昭和十一年六月十五日弁護士法改正に伴い職権に依り弁護士名簿の登録を取消され、他方東京控訴院に於て業務上横領公文書僞造詐欺罪により懲役一年二月に処する旨の判決言渡を受け、該判決は昭和十二年七月五日上告棄却により確定するに至つた。そこで原告は右確定判決の執行として昭和十三年一月二十二日巣鴨刑務所に收容せられ、更に豊多摩刑務所を経て前橋刑務所に移送せられ、同刑務所に服役中昭和十四年二月二十七日仮出獄の恩典に浴して出所し、其の残存期間を無事経過して刑期を終了した。
(二) 爾來何等の処分を受くることなくして、昭和二十年十月十七日勅令第五八一号復権令によつて復権の恩典に浴し、之に因り弁護士たる資格を回復取得するに至つたので原告は昭和二十一年二月十四日東京弁護士会に対し前述滞納会費全額を納付して弁護士名簿登録請求の進逹手続を求め、同弁護士会に於ける審査の便宜に契するため参考資料として当時の境遇及び心境等を詳述せる上申書(甲第六号証昭和二十一年三月七日附上申書)を差出したが、同弁護士会は同年七月二十日右登録請求の進逹を拒絶し、同月二十五日附の通知書(甲第四号証)を以て其の旨の通知を受けたが、右通知書には進逹拒絶の理由が示されていなかつた。
(三) 仍て原告は弁護士法第十三條に基き被告(尤も当時は司法大臣)に対し不服の申立(甲第七号証)を爲して東京弁護士会に進逹を命ぜらるべきことを求め、昭和二十二年一月十四日及び同年四月十六日の二回に亙り上申書(甲第八号証の一、二)を提出して心境を吐露し審査の参考に供したが、被告は同年六月三日右不服の申立を理由なしとして却下し、其の旨の通告書(甲第五号証、司法大臣官房人事課長の名義を以て依命通牒)は同月七日原告に到逹した。但右通告書にも拒否の理由は示されていなかつた。
(四) 而して東京弁護士会が原告の登録請求の進逹を拒絶した理由及び被告が原告の進逹命令(東京弁護士会に対する)の申請を拒否した、理由は畢竟原告が弁護士法第十二條に所謂「会の秩序又は信用を害する虞ある者」に該当するから之を拒否するというに在ることは本訴に於ける被告の弁論の同趣旨に徴し明瞭であるが、右弁護士会及び被告の進逹拒否の処分は左記(い)乃至(に)の諸理由によつて何れも違法である。即ち、(い)憲法はその第十四條に於てすべて國民は法の下に平等であること又その第二十二條に於て何人も職業選択の自由を有することを規定し、なおこれらの平等と自由とは何れも侵すことのできない基本的人権として尊重せらるべきものであることを宣言している。而してその第三十四條及び第三十七條等の趣旨とするところに徴すれば憲法は独り抑留、拘禁等の場合に限らず廣く國民の基本的な権利乃至利益が奪われるような場合には関係当事者に其の理由が告げられ、且つ権利擁護の十分な機会が與えられなければならぬことをその当然の法意として内包し、殊に國民の固有する自由は法律の定むる適正な手続によるのでなければ之を奪はれないことの保障が與えられているのであるが、いま弁護士会が弁護士法第十二條に基いて弁護士資格者の登録請求の進逹を拒絶し、又法務総裁が進逹命令の申請を拒否するは何れも國民の固有する職業選択の自由を奪うものに外ならぬのであるから、斯る拒否処分のなされるにあたつては、当該関係当事者に対しその理由がされ、弁明の機会が與えられなければならぬ筋合である。しかも斯の趣旨は只に憲法の要請するところたるに止まらず、弁護士法第十二條第十三條の要求するところでもある。即ち同法第十三條の規定する不服申立は本質的には訴願と解すべきものであつて、然るかぎり其の不服の対象たる進逹拒絶処分にも当然其の理由が附せらるべきであり、殊に訴願法に依れば其の裁決をなすに当つては「文書を以て之をなし其の理由を附すべし、訴願を却下するとき亦同じ」と規定せられているのであるから、本件の場合に於て被告が原告の不服申立を却下し進逹命令の申請を拒否するに当つては、当然その通知書に拒否の理由を附すべきものと謂わざるを得ない。なおこのことはひとり弁護士法に於て然るのみでなく、同種類の法律たる弁護士法(施行令第十五條)及び計理士法(施行令二十條)を通じての一貫した法理というべきものであり、現にこれらの施行令には登録拒否の通知には拒否の理由を附すべきことを明規しているのであつて、之に依つても弁護士法の法意を窺い知ることができる。然るに東京弁護士会は原告の前述登録請求の進逹を拒絶するに当り、其の通知書に拒絶の理由を示さず且つ原告に弁明の機会を與えなかつたのである。尤も当時は新憲法の施行前であつたから憲法違反の問題は発生の余地を見なかつたのであるけれども、しかし尠くとも其の理由を示さなかつたことに於て違法手続たるの責は免れない。而して被告は新憲法の施行後たる昭和二十二年六月三日に到り、原告の不服申立を理由なしとして進逹命令の申請を拒否したのであるが、之が通告書に理由を附せず且つ原告に弁明の機会を與えなかつたのであるから此の点に於て被告は憲法並に弁護士法違反の責を免れない。
(ろ)弁護士法第十二條は新憲法の施行と同時に其の効力を有せざるに至つたものである。抑も弁護士会に弁護士資格者の登録請求の進逹を拒絶し得る権限を与えることが適当なるや否やについては当初から議論の存したところであつて、之を適当ならずとする論の趣旨とするところは「弁護士たる資格を有する者に対しては須く職業の選択の自由を認むべきものであつて、今弁護士会に強制加入を要求しながら、入会に臨み、弁護士会が之を拒絶し得るとするは全く職業選択の自由を奪うものに外ならず」というに在つたが、此の論旨は新憲法の下に於てその儘妥当するものとなるに至つた。即ち新憲法はその第十四條に於てすべて國民は法の下に平等であること又その第二十二條に於て何人も職業選択の自由を有することを夫々規定し殊に職業は生活の絶えざる発展えの前提であり、人間の生存権に由來するものであるから、國民の職業選択については其処に絶対の自由と神聖とが保障せられている。されば憲法が特に公共の福祉に依る制限を是認している場合の外は法律を以てするも斯の平等と自由とを侵し得ず從つて之に違反する法律命令処分は総て其の効力を有せざるものとせられる。而して國家によつて弁護士たる資格を與えられた者は亦当然弁護士の職業を選択し之に就くの自由を固有する筋合であり、この自由を奪い又は制限することこそ寧ろ公共の福祉に反するものと謂うべきである。弁護士法第十二條は実にかかる根源的な職業選択の自由を奪う結果を招來する規定であつて、其自体公共の福祉に反するものであるから当然新憲法の條項に違反し効力を有せざるに至つたものと謂わざるを得ない。果して然らば新憲法施行後に於ては同法條に準拠して原告の登録請求の進逹を拒絶し又其の進逹命令の申請を拒否する如きは到底之を爲し得ざるものであり、さればそれを敢てした東京弁護士会の進逹拒絶は新憲法の下に於て当然是正せられなければならぬ筋合であるに拘らず被告は事茲に出でず敢て原告の不服申立を理由なしとして進逹命令の申請を拒否したのであつて、此の点に於ても被告は憲法違反の責を免れない。
(は) 仮りに弁護士法第十二條が新憲法の下に於てなお効力を有するものとするも原告は昭和二十二年十月十七日勅令第五八一号復権令に依つて復権せられ將來に向つて弁護士たるの資格を回復取得し之に因り、その登録請求の進逹を妨げられないことの保障を得たものである。蓋し復権の期するところは刑の言渡に伴う資格喪失の法律効果を消滅せしめ同時に社会一般をして曾て刑の言渡ありしことを忘れしむるに在るのであつて、一たび此の恩典に浴した以上、復権者は之に因り過去の刑責を拂拭せられ、茲に完全独立の人格として還元せしめられると共に社会の構成員として憲法上、その平等と自由とが保障せられることになるのであるから、かゝる復権の法律効果として当然原告は積極的には弁護士法第九條に基き登録を請求するの権利を取得すると共に消極的には、入会せんとする弁護士会から其の進逹を拒絶せられないということにつき國家の保障を得たわけであつて從て東京弁護士会としては原告の登録請求の進逹を拒絶し得ず又被告としては原告の進逹命令の申請を拒否し得ない筋合である。蓋し若し之を拒否し得るものとせばそれは敍上國家の保障を否定し復権令の効力を左右することになり甚しく不当な結果を招くからである。
(に) 仮に復権が右の如き効果を有せざるものとするも原告は既に過去に於ける刑責を精算し飜然として自ら省みるところあり爾來自ら治め自ら修養し治善の道に生きんとして微力を捧げきたりたるもの、今若し弁護士会に入会を許されるならば過去の得がたき経驗を生かし在野法曹としての職責をつくし國家社会のため將又弁護士会のため十分なる貢献を致し得ることを信じるのであつて現在に於ける原告については弁護士会の秣序又は信用を害する虞は全然ないのである。加之弁護士会としては万物流轉の哲理と人間の進歩遷善えの可能とに想を致し、徒に過去に拘泥することを止め、かくして復権の刑事政策的意味を理解し原告の如き釈放者を抱擁し同化して行くべき社会的使命を荷うているものと言うべきであつて、斯の使命に生きることに依て初めて自他人格の融合が実現せられ弁護士会の一般の進歩と向上とが具現せられるであろう。してみれば東京弁護士会及び被告が原告を弁護士法第十二條該当者と見做し登録請求の進逹を拒否したのは甚しく当を失するものであり旁々弁護士会存立の使命にも悖るものと謂わなければならぬ。
(五) 上來敍述の事由により、東京弁護士会並に被告の進逹拒否は何れも違法たるに帰するを以て被告は昭和二十二年六月三日の却下処分を取消した上東京弁護士会に対し登録請求の進逹を命ずべきであると述べ被告の答弁に対し(1)被告が原告の不服申立を受理したる後、被告主張の如き審査手続を経由したとの点は原告の知らざるところである。(2)原告が荏原警察署長及び大阪控訴院刑事第四部に対し夫々上申書を提出したことは認めるが、それは何れも原告の特殊關係者のために司法保護的見地から爲されたことであつて固より営利を含まず原告の社会奉仕の一端としての行動範囲を出てないものである。(3)原告が弁護士を廃業した旨の表現を使用したことは道義的にも法律的にも批難に値しない。(4)原告は曾て弁護士会の会費を滞納したことに依り除名処分を受けたことはあるが、それらの滞納会費は現在既に完納しその義務を果し済んでいる。(5)原告が被告主張の如く渡辺勇外各被告人等の爲弁護人として弁護行爲をしたことは認めるが、これは原告の倫理観に立脚し且つ遠からず本訴に於て原告勝訴の判決を受け弁護士登録の実現することを見越して爲したるものであつて其の情に於て恕さるべきである。のみならず本訴は被告が昭和二十二年六月三日に爲したる進逹命令拒否の処分の当否につき裁判所の判断を受くることを目的とするものであるから該拒否処分当時迄の事実関係のみが審理判断の対象となるべきものであつて其の後に於ける原告の行動の如きは本訴に於て審理判断の対象として採り上ぐべきではない。と述べ立証として甲第一乃至第七号証(尤も甲第六号証はその添付書類として疏明第一乃至第十一号を含む)第八号証の一、二第九号証を提出し乙第一乃至第三号証は不知と述べ乙第四乃至第六号証はその成立を認めた。
被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め答弁として、原告主張の請求原因事実中、その(一)乃至(三)項の主張は之を認めるが(四)項の(い)乃至(に)の主張は何れも之を爭う。即ち被告は原告主張の不服申立を受理したので弁護士法第十三條第二項に則り弁護士審査委員会に諮問したところ、同審査委員会会長は昭和二十二年二月八日東京弁護士会に対し原告の登録請求の進逹を拒絶するに至つた事実上の理由並に之が認定資料の提出を求め同弁護士会は同年三月三十日付上申書(乙第二号証)及び参考資料を提出し特にその上申書には「東京弁護士会の常議員会が全会一致の決議を以て原告の入会並に登録請求の進逹を拒絶したものであること、右常議員会の決議は特別委員会の愼重なる審査の結果を俟ちその報告に基いて行われたものであること、及び原告が弁護士たるに適しないことはその経歴自体が之を証明するものであり、特に弁護士の地位の飛躍的向上に伴う会内肅正の強く叫ばれている今日、之が入会並に登録請求の進逹を拒絶したことは余りにも当然であること」が記載せられてあつたので弁護士審査委員会は同年五月二十七日会長並に委員三名予備委員一名幹事二名出席の下に開会し曩に原告提出の不服申立書(甲第七号証)及び上申書の外、東京弁護士会提出の上申書(乙第二号証)並に参考資料に基いて愼重審議の結果、出席者全員一致を以て「原告の不服申立は之を理由なきものとする」旨を決議し之を被告に答申した。被告は之に基き、なお敍上の審議経過と資料とにつき更に精査を遂げた上原告の東京弁護士会に対する進逹命令の申請を拒否し以てその不服申立の理由なきことを原告に通知したのであつて、其の間、手続上にも亦実体法の解釈適用の上にも何等違法の廉はない。即ち東京弁護士会が曩に原告の登録請求の進逹を拒絶したことの事実上の理由及び被告が原告の不服申立を却け其の進逹命令の申請を拒否したことの事実上の理由は畢竟原告が弁護士法第十二條に所謂弁護士会の秩序又は信用を害する虞ある者に該当し因て之が登録請求の進逹を拒否すると言うに帰するであつて原告を同法條の該当者と認定するに至つた根拠は先ず第一に原告がその主張の如く過去に於て弁護士としての業務に関し数次の犯罪を反覆累行し二回に亘り有罪判決の言渡を受けていること、第二に原告が東京弁護士会に提出したる上申書(甲第六号証)とその添付の参考資料(甲第六号証に添付せられた疎明書類)とから容易に推測し得るように、原告の弁護士登録が職権に依つて取消されたる後に於ても被疑事件及び刑事被告事件に関し弁護士類似の所爲を反覆せること、第三に原告が曾て東京弁護士会と横浜弁護士会とに於て会費滞納の故を以て除名処分に付せられたことの以上三つの事実関係が確認せられたことに係るのであつて、その限りに於ては東京弁護士会及び被告の爲したる進逹拒否の処分は共に正当でありしかも其の進逹拒否の事由は現在に至るもなお何ら解消していない。加之原告は其の後昭和二十三年中東京地方裁判所刑事第五部に於て被告人渡〓勇に係る賍物故買被告事件の外同刑事第六部第七部第九部に於て各一件宛同刑事第八部第十部に於て各三件宛、足立簡易裁判所に於て一件の被告事件に関與して弁護行爲をなし更に同年中熱海簡易裁判所に於て被告人〓田実外四名に対する窃盜被告事件につき被告人全員の弁護人として(弁護士栗田寅千代なる職印を押捺せる弁護選任届提出)訴訟行爲をしているので、これらが何れも本訴の繋属中に反覆継続せられたものであることは、原告が性格的にも法秩序蔑視の習癖を有するものであることを疑はしむるに十分である。而して原告は本訴に於て被告が原告の進逹命令申請を拒否したことが違法であつて取消さるべきものであることを主張すると共に更に被告に対し登録請求の進逹命令を発すべきことを求め現に具体的なる登録請求権乃至進逹命令請求権が自己に帰属するものであることを主張してゐるのであるから、其の訴訟の性格上、之が審理判断の資料となるべきものは單に東京弁護士会の進逹拒絶処分の時又は被告の不服申立却下処分の時迄に現はれたる事実関係の範囲に限定せらるべきものではなく、尠くとも其の後本訴口頭弁論の終結当時迄に生じたる事実関係も亦当然審理判断の対象となるべきものであつてみれば前段挙示の弁護行爲の如きは当然判決の基礎たる事実として斟酌せらるべきものであり今、それらの諸事情に拠つて之を観れば原告は依然として弁護士会の秩序又は信用を害する虞ある者たることを免れず、到底弁護士たるに適せざるものと謂わざるを得ない。從つて此の点に関する原告の、該当者にあらずとの主張は当を失している。然り而して原告は被告の進逹命令拒否を違法なりとする理由の一として被告が原告の不服申立を却下するに当り其の通告書に理由を示さず且つ原告に弁明の機会を與へなかつたことを挙げてゐるが、しかし弁護士会が登録請求の進逹を拒絶し或は法務総裁が其の不服申立を却下する如きは憲法第三十四條の所謂抑留、拘禁の場合とか憲法第三十七條の定むる刑事裁判の場合とは自らその性格を異にしているのであつて新憲法がこれら拘禁や裁判の場合に理由の告知その他防禦の機会を與へることを要請しているからと言うて弁護士法に於ける進逹拒否の場合に此の理をあてはめようとするのは甚しく当を失するものと謂わなければならぬ。仮りに然らずとするも弁護士法第十二條に依り弁護士会が登録請求の進逹を拒絶する場合及び同法第十三條第二項に依り法務総裁が不服申立を却下する場合に於て之が拒否の通知に其の理由を附することは敢て法の要求せざるところである。なるほど弁理士法施行令第十五條、計理士法施行令第二十條には夫々登録拒否の通知には理由を附すべきことを規定しているが、これらは何れも訴願の提起を前提とするのであつて、即ち訴願には不服の要点及び理由を記載することを要する関係上、右登録拒否の通知に理由を附すべき実際的必要が考へられたわけである。しかし弁護士法第十二條に依る進逹拒絶の場合は之に対する訴願は許されておらず、唯法務総裁に対し不服の申立をなし得る道が開かれているだけであるから、敍上計理士法や弁理士法に於ける登録拒否の場合とは異り訴願を前提とする拒否理由の如きは之を示す必要がないわけであつて、此の理は亦不服申立却下の場合にもあてはまるものと謂うべく、從來の慣例も亦これらの場合に拒否の理由を示していないのである。蓋し実際上その理由は関係当事者に容易に知り得べきことであり、現に原告も亦之を知つていた筈であつて特に拒否の理由を示すまでもないからである。なお又原告は自らの権利を擁護するために弁明の機会を有つていた。即ち原告は予め不服申立書(甲第七号証)並に上申書(甲第八号証の一、二)を提出する機会を有ち、それらの書面に於て諸般の関連事項を精細に説明し不服の理由その他の意見を開陳し且つそれらの書面には多くの疏明資料(甲第六号証の添付書類疏明第一乃至第十一)が添付引用せられていたのであつて、現にそれらの書面及び資料は総て斟酌せられたのであるから原告に対する弁明の機会権利擁護の機会は十分に與へられていたものと謂わざるを得ない。次に原告は被告の却下処分を違法なりとする理由の二として、弁護士法第十二條は新憲法の施行と共に効力を有せざるに至り從て同條に準拠して登録請求の進逹を拒否したのは、憲法違反なることを挙げているが、しかしすべての國民は法の下に平等であると言うても國民があらゆる場合、あらゆる点に於て絶対平等たるべきことが要求されているわけではないのであつて其処には自ら合理的な制限が当然予定せられており、又何人も職業選択の自由を有すると言うても、そこには公共の福祉に反しない限りという制限の存することを閑却してはならぬ。蓋し職業の種類如何によつては無條件無制限に就職せしめては公共の福祉に反する場合が存するのであつて、殊に弁護士の如き正義の顯現たる法律を運用する重責に任じ当事者との間、最高の信賴関係に立ち社会の信用を受けることを前提要件とする職業に在りては、その職に就かんとする者に対し國家が全般的に一定の資格と條件とを要求するは固より当然であつてかゝる制限を設けること自体が寧ろ公共の福祉に添う所以である。弁護士法第十二條の趣旨とするところも畢竟敍上の意味に於ける制限を規定するものに外ならずして、その限りに於て、同法條は憲法違反の條規を含むものではない。されば、原告にして同法條に所謂弁護士会の秩序又は信用を害する虞ある者に該当する限り当該弁護士会或は法務総裁が同法條に準拠して原告の職業選択の自由を奪い又は制限することは毫も違法ではない。更に原告は被告の却下処分を不法なりとする理由の三として、原告は復権の恩典に浴したことに因り弁護士たる資格を回復すると共に其の登録請求の進逹を拒否せられないことにつき國家の保障を得たものであることを挙げているが、しかし復権に因り原告は唯弁護士たる資格を回復し、弁護士法第九條に基き其の入会せんとする弁護士会を経由して登録の請求を爲し得べき資格を取得したに止まり、復権自体は決して復権者の登録を回復するものでもなく、亦弁護士会の進逹拒絶権を当然に排除する効力を有するものでもなく、或は亦復権者の品性や信用を保証するものでもない。されば当該弁護士会或は法務総裁としては其の進逹要求者が原告の如く復権に依つて資格を回復したる場合なると、又新規に弁護士の資格を取得したると將又曾て弁護士の登録を受けていたが、その後請求に依て登録を取得した場合なるとを問はず、均しく弁護士法第十二條に基き独自の権限を以て登録請求者が「会の秩序又は信用を害する虞ある者」なるや否やにつき審査を遂げ、その虞ある者との認定に逹したる場合には其の登録請求の進逹或は進逹命令の申請を拒否し得べきものなること殆んど言を俟たざるところである。
仍て以上の理由に依り原告の本訴請求は失当たるを負れす棄却せらるべきものと信ずると述べ、立証として乙第一乃至第六号証を提出し、証人岡原昌男の訊問を求め甲第一乃至第五号証第六号証第七号証第八号証の一、二、第九号証の各成立を認め、甲第六号証中参考書類として添付せる疎明一の予審終結決定書、同二の所轄警察署に対する申告書中の犯罪関係の記載部分、同七の(一)荏原警察署長に対する上申書、同十の大阪控訴院第四刑事部に対する上申書の各成立を認め之を利益に援用し同六号証の添付書類中其の余の部分は何れも不知と述べた。
理由
原告が其の主張の如き経歴(請求原因(一)乃至(三)項)を有し、其の後復権に因つて弁護士たる資格を回復したので昭和二十一年二月十四日東京弁護士会に対し弁護士名簿登録請求の進逹手続を求めたところ拒絶せられ、仍て弁護士法第十三條第一項に基き被告(当時司法大臣)に対し不服の申立をなし東京弁護士会に登録請求の進逹を命ざられんことを求めたが、被告は同年六月三日原告の右申立を理由なしとして却下し、以て原告の進逹命令申請を拒否したことは当事者間に爭なく、右東京弁護士会及び被告が原告の登録請求の進逹を拒否した事実上の理由が原告主張の経歴自体殊に(一)原告が其の主張の如く過去に於て弁護士としての業務に関し数次の犯罪行爲を反覆し、前後二回に亘り有罪判決の言渡を受けたこと、(二)原告がその上申書(甲第六号証)に於て自陳する如く前記処刑の爲、弁護士登録の取消されたる後に於ても被疑事件及び刑事被告事件に関し弁護士類似の行爲を反覆せること、(三)原告が曾て東京弁護士会と横浜弁護士会とに於て会費滞納のため除名処分に付せられたことの各事実が確認せられた点に在つたことは成立に爭なき乙第二号証甲第七号証甲第八号証の一、二及び甲第六号証とその添付の疎明書類一、二、七、ノ(一)及び十、並に証人岡原昌男の証言に照し疑を容れない。而して東京弁護士会が右の進逹拒絶を原告に通知するにあたつて之が通知書に拒絶の理由を附さず又被告が原告の不服申立を却下し進逹命令を拒否するについて之が通知書に其の拒否の理由を附さなかつたことは当事者間に爭のないところであつて、原告は此の点に於て被告の右申立却下の処分は「法律の定めたる適正なる手続」に拠らずして爲されたる違法ありと主張するけれども、しかし弁護士法は弁理士法及び計理士法と異り、其の進逹拒絶の通知には拒絶の理由を附することを要求せず又該拒絶に対する不服申立を却下する場合に於ても之が通知に却下の原因たる拒否の理由を附することを要求していないのであるから、本件の場合に東京弁護士会及び被告が夫々の拒否の通知書に其の拒否理由を附さなかつたことはむしろ当然であつて、其処に何ら手続上の違法はない。尤も憲法第三十一條は何人も法律の定める手続によらなければその自由を奪われない旨を規定し同條に所謂法律の定める手続とは「法律の適正な手続」を意味し、苟くも人の自由を奪うにあたつては手続として関係当事者にその理由を告げ、弁明の機会を與えることが一般的に要請せられているわけであるが此処に所謂「理由を告げる」ことの要請は之を本件の場合について観れば東京弁護士会が昭和二十一年七月二十五日付原告に対する通者書中「七月二十日開催の常議員会に於て本会に対する貴殿の入会申込は全会一致を以て否決と相成候に付き此段御通知申上候」(甲第四号証)と記載し当時之を原告に通逹したこと、又被告が昭和二十二年六月三日付原告に対する依命、通牒中「昭和二十一年十二月二十八日附弁護士名簿登録請求の進逹拒絶に対する不服の申立は、その理由なきものと認め、別紙弁護士名簿登録請求書入会申込書等関係書類を返還する。なお右については弁護士審査委員会に諮問したものであることを申添える」(甲第五号証)と記載し当時之を原告に通逹したことに於て夫々十分に充足せしめられているのであつて、之を越えて当該通知書に進逹拒否の事実上の理由を挙示することまでも要請せられているわけではない。してみれば原告の不服申立却下の通知書に進逹拒否の理由を附さなかつたと言つて、憲法第三十一條の所謂「法律の適正手続」に拠ることの條規に違反したことにならないわけであるから此の点に関する原告の主張は採用することができない。なお、原告は豫め上申書(甲第六号証第八号証の一、二)及び不服申立書(甲第七号証)を提出しそれらの書面に於て諸般の関連事項を詳細に説明し、不服の理由其の他の見解を開陳すると共に之が証拠として多くの参考資料(甲第六号証添付の疎明書類)を提出する機会を有ち現に、それらの書面及び資料は被告並にそれぞれの審査機関によつて悉く斟酌せられたものであることは前顯岡原証人の供述及び成立に爭なき乙第一、第三号証甲第六号証第七号証第八号証の一、二に照し之を推認するに難くないのであつて、之に拠つてみるも原告に対し弁明の機会は十分に與えられたことが明瞭であるから原告の此の点に関する主張も亦失当である。次に原告は弁護士法第十二條が憲法第十四條及び第二十二條の定むる條規に違反し効力を有せざる旨主張するを以て按ずるに、憲法第二十二條は公共の福祉に反しない限り何人に対しても職業選択の自由を保障しているが、この理を反面からみれば公共の福祉に合する限り斯の自由を制約し得ることを意味する。即ち職業の有つ社会的影響に鑑み、職業の種類如何によつては無制限無條件に就業を許すことが却つて社会公共に反する場合が豫想されるところから、憲法は社会公共の立場上、必要のあるときは之を制約し得ることを規定したのであつて斯の意味に於ける制約の事例としてはかの國家が財政上其の他の理由から特定の事業を独占し(例えば煙草、塩の専売事業)以て此の事業分野に於ける一般の職業選択を禁止又は制限する場合の如き、或は警察行政の立場から特定の職業に就くことを行政取締官廳の認可にかゝらしめる場合の如き、或は亦特定の職業の有つ社会的影響等の考慮から其の職に就き得る者につき一定の資格と條件とが要請せられる場合の如きを挙げることができる。而して弁護士の職業の如きは敍上事例のうち、いわば後者の場合に該当するのであつて、即ち弁護士は諸般の法規整の運用することに因つて正義を顯現する重責に任じ、之がため当事者との間、最高の信賴関係に立ち社会一般の信用を受けることを必須の要件とするものであるから、其の固有する社会的使命乃至社会的影響に鑑み、斯の職の選択を無條件に許すことは決して社会公共の福祉に添う所以にあらず、寧ろ之に一定の資格と條件とを要請することこそ公共の福祉に合するものと解せられる。してみれば國家が斯の職の就かん者につき一定の資格と條件とを要請するは因より当然の筋合であつて、弁護士法第十二條が弁護士会は「会の秩序又は信用を害する虞ある者の登録請求の進逹を拒絶することを得る旨を規定し以て一定の登録(就業)適格條件を定めたのも畢竟敍上の意味に於ける公共の福祉に因る制約を規定するものに外ならず。しかも、右制約の内容自体(適格條件)は弁護士に負託されたる使命と責任とに鑑み常に高き品位と自治とを保持せしむる必要あるに基き定められたものであつて、特に今日弁護士の地位の飛躍的向上が強く叫ばれている際、なお更に妥当の規整たるを失わず而して此の場合に於て一定の資格と條件とに合格する者に対してのみ弁護士の就職を許容し、右資格を條件とに合格せざる者に対しては其の就職を許容しないというが如き差別は所謂合理的なる差別として憲法第十四條の禁ぜざるところに属する。蓋し憲法第十四條はあらゆる場合、あらゆる点に於て國民が絶対に平等であることを要求するものではなく事物自然の本質的差異に基く差別其の他合理的な差別は之を当然容認しているものと解すべきだからである。然らば弁護士法第十二條は憲法第十四條第二十二條の何れの條規にも違反するところなく從て憲法施行の後もその効力を有するわけであるから被告並に東京弁護士会が之に準拠して原告の登録請求の進逹を拒否したのは相当であつて、此点に関する原告の主張も亦採用に値せず、更に原告は復権に因り弁護士たる資格を回復すると共に、その登録請求の進逹を妨げられざることにつき國家の保障を得たる旨主張するを以て按ずるに抑も復権令による復権の期するところは刑の言渡を受けたがため法令の定めるところに依て資格を喪失し又は停止せしめられた者に対し其の資格を回復せしめることに在るのであつて、勿論それ以上の効果を復権者に與えようとするものではない。本件の場合、原告は其の主張の如き復権に因つて弁護士たるの資格を回復したのであるが、その復権の効果は結局資格回復に止まり決して之を越えて弁護士の登録自体を回復し又は登録請求の進逹を妨げられざることの保障を得せしむる結果を招來するものではないことは敍上説示に照し自ら明かであるから此点に関する原告の主張も亦採用するに足らない。仍て進んで原告が弁護士法第十二條に所謂「会の秩序又は信用を害する虞ある者」に該当するや否やの点につき按ずるに、先づ原告が本訴に於て請求するところは要するに原告は現に具体的なる登録請求権乃至進逹命令請求権を有し之に基き被告に東京弁護士会に対する進逹命令を発すべきことを求むるに在るのであるから之が審理判断の基礎たるべき事実の範囲は單に東京弁護士会の進逹拒絶処分の時若くは被告の不服申立却下処分の時迄に現われたる事実関係に限定せらるべきものではなく尠くとも其の後本訴口頭弁論の終結当時迄に生じたる事実関係を含むものと解するを相当とするところ、原告が其の主張の如き(請求原因(一)乃至(三)項)経歴を有すること及び原告が未だ弁護士の登録を受けていないにも拘らず屡々弁護士類似の行爲をなし殊に昭和二十三年中被告主張の如く数多の刑事被告事件に弁護人として関與し弁護行爲を爲したることは何れも当事者間に爭のないところであつて、右の経歴、行動乃至実績に徴すれば原告は過去に於てその所属弁護士会の秩序を乱し、且つ著しく弁護士の品位を害すべき行動を繰返したものと做すに妨なし殊に目下原告は被告の進逹拒否を不当として訴訟提起中であり、いやが上にも自肅自戒すべき立場に在るに拘らず敢て自ら其の実を示さず前段認定の如き数多の刑事被告事件に関與し弁護行爲を反覆するに至つたのであつて、斯の人につき東京弁護士会及び被告が弁護士法第十二條の所謂「会の秩序又は信用を害する虞」を肯認したことは蓋し当然と言うべきであろう。原告が復権の恩典に浴したこと自体が決して会の秩序又は信用を害する虞なきことを保証する効果を有つものでないことは敢て言を俟たざるところであつて、從て原告が復権者たることは原告を弁護士法第十二條の該当者と做すに妨となるものではない。而して其の後敍上進逹拒否の事由の解消し又は之を変更すべき事情の発生したることの認むべきものなき以上、被告の前記却下処分は相当であり維持せらるべきものであつて、原告の本訴請求は所詮理由なきに帰するものと謂わざるを得ず、仍て之を棄却し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用し主文の通り判決する。